生活保護を辞退したとき、私は「辞退」という言葉の意味も、辞める流れも、ほとんど何も知りませんでした。

それでもあのときの私は、ただ「この場所から出たい」その気持ちだけを抱えていました。

辞退なんて言葉知らなかった

最初から辞退という言葉知ってたわけじゃありません。
とにかく”辞めたい”ずっとそう思っていました。

簡単に辞められると思っていたし、自分の意思で、すぐに辞められると思っていました。

感情だけが先走ってて、どんな手続きがあって、どんな流れで辞めるのかは、何もわかってなかった。
でも、何も知らなかったからこそ、辞めたい気持ちだけを、ずっと諦めずにいられたのかもしれません。

守られてる安心は、確かにありました。
でも同時に、自分で決められない息苦しさも、ずっと感じていました。

働けるようになったら、もう辞めるつもりだった

やっと、働ける環境が整った。

生活保護を受け始めたときから、働けるようになったら辞めるつもりでいました。
その気持ちは、受けてる間も、ずっと変わらなかった。

でも、ケースワーカーに「辞めたい」と伝えたときに、返ってきたのは「はい、わかりました」ではありませんでした。

私はもう働きに行けてる。
多くはなくても、収入がある。

それでも、すぐに辞められない現実がありました。

初めて「辞退」という形を知った

「辞退」という形になると聞いたとき、正直よくわかりませんでした。
辞め方も決められて、手続きがあって、許可も必要でした。

自分で決めてるようで、実際は、最後まで自分だけで決められるわけじゃなかった。

生活保護を受けたときも、受けてる間も、そして辞めるときも。
ずっと、誰かの判断の中にいたような感覚でした。

子どもを守るために選んだことだった

子どもがいる以上、自分の気持ちだけで決めたつもりはありませんでした。

生活保護を受けるときも、受けてる間も、辞めるときも。
いつも頭にあったのは、子どものことでした。

どの選択も、私なりに「母親として」考えて、選んできたことだったと思います。

最後は、自分で決めたかった

生活保護という制度を否定したかったわけじゃない。
あのとき、あの制度があったから、生きてこられました。

今も、そのことには感謝しています。

それでも私は、誰かに決められる場所から、出たかった。
不安があっても、「自分で選ぶ」場所に立ちたかった。

自分の足で立って、乗り越えていきたかった。
それが、あのとき子どもたちにできる、私なりの精一杯だったと思います。

今、振り返って思うこと

この記事を書いてる今、あの選択を後悔していません。
ただ、生活保護を受けながら必死に生きていたときの感情は、今も、心の中に残っています。

あの選択が正解だったのかは、今でもわかりません。
それでも、必死に選んだ自分を、間違いだったとは思っていません。

同じように迷ってる人がいたら、こんなふうに選んだ人もいるんだって、ひとつの例として受け取ってもらえたら嬉しいです。

辞退したあと、現実は思っていたよりずっと厳しいものでした。
準備が足りなかったことや、甘かったと後から気づいたこともあります。

そのときのことは、こちらの記事にまとめています。
▶︎生活保護を辞退してから気づいた現実