DVから逃げたあと、
私はどうすればいいのか、
本当に何もわかりませんでした。
安全な場所には来られた。
それでも、
そこからどうすればいいのか、
わかりませんでした。
住む場所も。
手続きも。
お金のことも。
先の見えないトンネルにいるみたいでした。
この記事では、
私がDVから逃げたあと、
実際に進めていったことや、
助けられた制度についてまとめています。
あの頃の私が知りたかったことを、
体験をもとに残しています。
家を出るとき、私が持って行ったもの
家を出るときは、
何を持てばいいのか考える余裕なんてありませんでした。
この先どうなるのかも考えられないまま、
必要なものだけを急いでバッグに入れました。
私は、
・携帯
・充電器
・財布
・母子手帳
・保険証
・子どもの着替え
・最低限の荷物
だけを持って家を出ました。
このあとどうなるのかもわからない中で、
子どもの思い出のものや写真も、
本当は持っていきたかった。
でも、
そんな余裕はありませんでした。
今思うと、
あのとき一番大切だったのは、
荷物じゃなくて、
子どもと一緒に家を出ることでした。
安全な場所に行った
最低限の荷物だけを持って家を出て、
ホテルに着きました。
何もわからないまま、
時間だけが過ぎていきました。
このままじゃいけない。
ずっとホテルにいるわけにもいかない。
どこかに相談しないといけないと頭ではわかっていても、
怖さと不安で動けずにいました。
このままじゃ、
もうひとりではどうにもできないと思いました。
最初はDV相談じゃなくてもよかった
私は、
最初からDV相談に電話できたわけじゃありませんでした。
誰かに「逃げた方がいい」と言われることも、
わかっていました。
電話をしたら、
何かが変わってしまいそうで怖かった。
そんな気持ちもあって、
電話する勇気がありませんでした。
私が最初に相談したのは、
子どものことを相談できる支援センターでした。
そこから必要な支援につながり、
少しずつ状況が動いていきました。
話せる場所なら、どこでもよかった。
私の場合は、
最初に相談したのはDV相談窓口じゃありませんでした。
「ここなら話せるかもしれない」
そう思える場所につながることが、
私にとって最初の一歩でした。
※地域によって相談窓口は異なります。
私がそのあと進めた手続き
私の状況で実際に必要だった手続きをまとめています。
※状況によって必要な手続きは変わる場合もあるので、
他にも確認しておくと安心です。
生活保護
当時、
本当に受けたくありませんでした。
でも、
子どもと生活を立て直すために、
助けてくれたのが生活保護でした。
受けるまで葛藤したことや、
決断した日のことは、
こちらの記事に書いています。
▶︎あの日、私が決断したときの話
児童扶養手当
生活保護を辞めたあとも、
この手当には助けられています。
ひとり親として生活していく中で、
大きな支えになっています。
ひとり親医療助成制度
医療費の負担が軽くなることで、
生活費への不安も軽くなって、
安心して受診できています。
住民票の閲覧制限
逃げたあと、
住所を知られないようにするために、
この手続きを進めました。
私にとって
安心して生活するために必要な手続きでした。
あとから知っておいてよかったこと
法的な手続きを考える場合、
証拠が助けになることがあります。
・LINE
・ケガの写真
・録音
・日記
「知っておく」だけでも、
あとで自分を守る力になることもあると思いました。
法律のことや手続きで困ったときは、
法テラスで相談できる場合もあります。
条件によっては、
無料で相談できることもあります。
手続きで一番つらかったこと
私が一番つらかったのは、
精神的な負担でした。
同じことを何度も説明しなければならなかったり、
過去を思い出さないといけなかったりして、
心が潰れそうでした。
眠れない日もあったし、
逃げてきたはずなのに、
逃げ出したいほど心はボロボロでした。
書類の多さと、
精神的な負担で、
頭の中はぐちゃぐちゃでした。
それでも、
寄り添ってくれた職員の方のおかげで、
一つずつ手続きを進めることができました。
今振り返って思うこと
先が見えない中で行動するのは、
想像以上に怖いことでした。
逃げる決断を受け入れるのもつらくて、
孤独でいっぱいでした。
それでも、
一人ではここまで来られませんでした。
あの頃は気づけなかったけど、
たくさんの人に助けられながら、
少しずつ前に進んでいました。
あの頃の私は、
前に進めているなんて思っていませんでした。
でも今振り返ると、
あの日の一つひとつが、
今の生活につながっていたんだと思います。
ここまで読んでくださって、
ありがとうございます。
あの頃の私は、
人に頼ることや、
「助けて」ということが、
最後まで苦手なままでした。
どうして私は助けを求められなかったのか。
そのときの気持ちは、こちらの記事で書いています。
▶︎助けてと言えなかった私
