DVから逃げたあと、
時間だけが過ぎていく中で、
何から手をつければいいのか、
まったくわかりませんでした。

安全な場所にいる。
でも、安心できてるわけじゃない。

制度があることも、
支援があることも、
なんとなく知っていました。

それでも、
調べる余裕も、
理解する力も残ってなかった。

言われるまま、
教えられるままに、
手続きを進めていました。

この記事では、
混乱したままでも、
進めていった過程と、
そのときの現実を書いています。

前向きになれたとか、
うまくいった話でもありません。

ただ、
戻らずに生きるために、
私がそのときできたことをここに残します。

話されるのは、支援制度のことばかりだった

逃げることになると、
話されることは、
行き着く先は、
制度の話ばかりでした。

知らない言葉も多くて、
わからなくても、
やるしかなかった。

整理なんてする時間はなかったし、
迷ってる時間もありませんでした。

本当に必要なものなのか、
大げさなんじゃないかとか、
いろんな考えが浮かんで、
そのたびに手が止まりました。

そんな中で、
私に必要だったのは、
制度を全部理解することじゃなくて、

「何からやればいいか」

を教えてもらうことでした。

私に必要だったこと

あのときの私には、
何が必要なのか、
何をすればいいのか、
誰かに一緒に整理してもらうことでした。

制度の内容を細かく全部理解する力もなかったし、
先のことまで考える余裕もなかった。

ひとつ終わると、
次の場所でまた教えてもらう。

それを繰り返しているうちに、
気づいたら生活は止まらずに進んでいました。

立て直そうと思えたわけじゃない。
少しずつ、整っていったんだと思います。

理解できなくても、進んでよかった手続き

当時の私は、
全部ちゃんと理解できていたわけじゃなかったと思います。

説明を聞いても、
正直頭に入ってなかった部分もあったと思います。

それでも、
その場その場で、
必要なことを進めていきました。

今振り返ると、
理解してから動いたというより、
動きながら、
あとからわかっていった、
理解できるようになっていった、
そんな感覚でした。

あのときは、
きっとそれでよかったんだと思います。

それでも、
進められたから。

生活は少しずつ動き始めた

大きく何かが変わったわけじゃなかった。

当時は必死で、
「立て直してる」なんて感覚はなかった。

それでも、
ひとつずつ進めていくことで、
生活は少しずつ形になっていきました。

逃げたあと、
すぐにやり直そうとか、
頑張ろうと思わなくてもよかった。

当時の私は、
何が正解なのかもわかってなかった。

でも、
ちゃんとできてなくても進めた。
生活も止まらなかった。

わからないままでも、
頼れるものがあった。

どんな状況でも、
進める道はちゃんとありました。

私が実際に使った制度や、
DVから逃げたあとに助けられた支援については、
別の記事でまとめました。
▶︎DVから逃げた直後にやったこと|手続きと支援制度まとめ