逃げたはずなのに、ずっと落ち着かなかった。
安全な場所にいるのに、迷ってる自分がいました。

「これでよかったんだよね?」何度も、自分に確認してた。
周りは、逃げられたことを前向きに受け止めてくれました。
でも、私の気持ちは前に進めないままだった。

怖かったのに、逃げたかったのに、離れたのはずなのに、それでも苦しかった。
でも、その感覚は、弱さでも間違いでもありませんでした。

DVから逃げたあと、頭の中で何度も同じことを考えてしまったこともありました。
「私も悪かったかも」
「もう少し我慢できたんじゃないか」

あんなに怖かったのに、思い出すのは、優しかった瞬間ばかり。

外から見れば、逃げて当たり前、逃げられてよかった状況だったと思います。
でも、心は全然追いついてなかった。

自分でも自分の気持ちがわかっていませんでした。

こうやって迷ってしまうのは、意志が弱いからじゃない。
怖かった記憶と、一緒に過ごした時間への情が同時に残ってるから。

逃げるという決断は、「すべてを嫌いになれた人」だけができるものじゃなかった。

本当は、愛情も期待も、後悔も、罪悪感も、全部抱えたまま逃げた。
生きるために、これ以上壊れないために、必死で選んだ選択でした。

逃げたあと、本当につらかったのは危険よりも心の中に残ったものでした。
DVから離れたあとも、心はすぐに自由にはなりませんでした。
それでも、こうした気持ちがおかしいことじゃないと知りました。

この次の記事では、DVから離れたあとも続いていた私の迷いと、子どもを守るために考え続けていたことを、私自身の体験として書いています。
▶︎逃げたあとに残った葛藤ー子どもを守るために考え続けたこと