家を出てからも、
母との関係がなくなったわけではありませんでした。
母から連絡がくることもありました。
母にされたことも、
捨てられたことも、
私はまだ受け入れられずにいました。
それなのに、
私はまた母の苦しみを
受け止めていました。
そんな中、
母が子どもを連れて、
私のところへ来ることがありました。
家を出ても、
母との関係は簡単には終わりませんでした。
母からの連絡と妹の存在
男とうまくいかなくなった母は、
荷物と子どもを抱えてうちにやってきました。
その子は私の妹。
この子に罪はないとわかっていても、
複雑な気持ちが一気に押し寄せました。
どうせ男とはそのうち終わると思っていたけど、
正直、戸惑いました。
それでも、
どうしても母を放っておけなかった。
小さい頃から染み付いた、
「母を支えなきゃ」という責任感みたいなものが、
私の中に残っていたからです。
「私を捨てた意味はあったの?」
「私の気持ちはどうなるの?」
そんな思いでいっぱいなのに、
また母のことを心配してる自分がいました。
何ひとつ変わっていなかった母
それから、
母はひとりで子どもを育てていました。
昼間は働き、
朝も夜も子どもと一緒で、
ご飯もちゃんと作ってた。
そこには、
私が子どもの頃ずっと欲しかった時間がありました。
でも、話しているうちに気づきました。
母の中身は何ひとつ変わっていないと。
言葉や態度の所々に、
昔の母がそのまま残っていました。
この頃の母は、
男という存在に執着していなかったけど、
今度は生まれた子どもに執着しているように見えました。
ひとりで働く自分、
子どもを育てる自分を、
どこか見せつけてるようでした。
「かわいそうな私」を演じるような態度も、
相変わらずだった。
形は変わっても、結局母は母のままだった。
そこに、
子どもへの愛情のようなものは、
私には感じられませんでした。
妹の存在と抑えきれない感情
妹だと言う感覚はなかったけど、
可愛いと思いました。
でも、
私が捨てられたときにお腹にいた子だと思うと、
嫉妬みたいな感情がどうしても出てきました。
母の男が、
妹を私には会わせないよう言ってたと聞いて、
さらに気持ちの行き場がなくなりました。
妹だけど、
どこか他人の子どもみたいで、
この環境に生まれた妹を、
少しだけかわいそうだと思う自分もいました。
ある意味、
私と同じなのかもしれないから。
少しだけ、
守ってあげたいと思う自分もいました。
でも、
私は妹に何もしてあげることができませんでした。
考えてしまったことがあります。
もし、あの男と出会っていなかったら。
妹がいなかったら。
私や、
私の子どもたちが、
もしかしたら、
もらえた愛があったのかもしれない。
罪もない妹の存在を否定したくなりました。
そんなことを考えてしまう自分が嫌で、
苦しかった。
この出来事のあとも、
母との関係は曖昧なまま続いていました。
それでも私は、
どこかでまだ母に期待していたんだと思います。
本当に苦しくなったとき、
最後に頼ったのは母でした。
でも、その選択で、
私はまた傷つくことになります。
そのときのことは、
次の記事に書いています。
▶︎助けを求めた日
