母から離れたい。
もう関わりたくない。
傷つくたび何度もそう思ってきました。
それなのに、
母を突き放すこともできない。
気づけば、
母を心配してしまう。
傷ついても、
どこかで母に期待してる。
そんな自分に、何度も苦しんできました。
どうして私は、
母から離れられなかったのか。
今になって思う、
あの頃の自分の気持ちを振り返ります。
離れても、母を求めていた
母から離れることを、
自分で選んだわけではありませんでした。
家を出たとき、
どこかで「おかしい」とは気づいてた。
でも、
それを受け止めて、
理解するだけの言葉も余裕も、
まだありませんでした。
それでも、
自分の人生を生きていく中で、
経験して、知って、
少しずつ理解できるようになっていきました。
それでも、
母を放っておけない気持ちと、
「なんで」という気持ちの間で苦しみながら、
私は、
母のそばにいることしかできませんでした。
そしてまた、
母にとって必要じゃなくなれば離れていく。
そんな、「離れているのに、離れられていない」
時間が続いていました。
どうしても離れられなかった理由
母からの連絡も、
助けを求めた日も、
自分で「そうしたい」と思って
選んだものではありませんでした。
でも、
気づけば私はまた、
母との関係に戻っていました。
頭ではわかってる。
苦しいってわかってる。
もう傷つくって、何度も経験してきた。
それでも、
「もしかしたら」
「今度こそは」
そんな気持ちは、
消えることがありませんでした。
今思えば、
幼い頃にもらった母の中途半端な優しさが、
私をずっと縛り続けていたんだと思います。
どれだけ時間が経っても、
どれだけ距離をとっても、
私はずっと、母を求めていました。
抱きしめてほしかった。
愛されたいと思っていました。
それでも、自分で終わらせたい
何度も、
もう会うのをやめようと思いました。
会いたくない、
そう思ったこともあります。
でもこれまでは、
自分で「離れる」と決めたわけじゃなかった。
決められなかった自分もいました。
気づいたら離れて、
また近づいて、
傷ついて。
それを繰り返してきました。
きっと母の人生に私は必要じゃなくなった。
母の思う”娘”じゃなくなったから。
でもこれからは、
自分の意思で決めたいと思っています。
もしまた連絡が来たとしても、
もう同じように傷つきたくない。
私が自分の意思で、
母に「もう会わない」って言えるようになりたい。
離れられなかった自分を振り返って
親との関係は
距離を取りたいと思っても
私には簡単にできることではありませんでした。
どんなに傷ついても、
母を嫌いになれなかった。
母を心配して、
どこかで期待して、
何度も傷つきました。
そんな自分が嫌になることもありました。
でも今は、
離れられなかった自分のことも、
否定しなくていいと思っています。
あの頃の私は、
ただ母に愛されたかった。
それだけだったんだと思います。
母と離れても、
それまでのことが消えたわけではありませんでした。
時間が経ってから強くなった怒りや、
今も消えずに残っている気持ちについては、
次の記事で書いています。
▶︎毒親と離れても消えなかった傷
