私はずっと、自分の居場所を探して生きてきました。
子どもの頃から、誰かに守られてると感じた記憶はありません。
大人になってからも、それは変わらなかった。
安心できる場所、見返りのない愛、「ここにいていい」と思える感覚を、ずっと探していました。
母親になってからは、人生の多くの時間を、「子どものために生きる時間」として過ごしてきました。
苦しいこともあったけど、子どもたちの存在は、今の私そのものです。
正解ばかりの人生じゃなかった。
迷ったことも、弱かったことも、今なら違う選択をしたかもしれないと思うこともあります。
それでも私は、誰にも言えず、一人で抱え込んできた時間に、意味がなかったとは思えません。
このブログは、同じようにひとりで抱えてきた人、どこにも逃げ場がないと感じてる人へ向けて書いています。
私はこれまで、何度も同じ場所に立ちながら、母として生きてきました。
ここに書いているのは、過去の出来事でも、今も続いてる人生でもあります。
全部、「今ここにいる私」から見て、振り返りながら書いています。
答えが見つかる場所じゃないかもしれない。
ただ、「ひとりじゃない」と思える言葉を残したくて、ここに書いています。
家族を持てば
ずっと誰かの家族になりたかった。
守られてるって感じられる場所が、欲しかった。
だから妊娠したとき、突然のことで戸惑いはあったけど、それ以上に、心から嬉しかった。
「私にも家族ができたんだ」そう思えた瞬間、ずっと抱えてきた孤独が、少しずつ薄れていくような気がした。
でも、不安がなかったわけじゃない。
いい母親になれると思ってたけど、現実は簡単じゃなかった。
子どもは、ずっと大切だった。
ただその頃の私は、まだ完全に「守る側」になりきれてなかったと思う。
守ってほしい気持ちが、まだ心の奥に残ってた。
愛されなかったままの子どもの自分がまだ残ってた。
母親になったからと言って、過去の傷が消えるわけじゃなかった。
それでも迷いながら、何度も自分の未熟さにぶつかりながら、私は少しずつ、母親になっていったんだと思います。
それは逃げでも、失敗でもなくて、私には必要な、母親になるための時間だったんだと思います。
母になってからも、ひとりだった
子どもは成長していく。
昨日できなかったことが、今日はできるようになってる。
かわいいな、大切だなって毎日思ってる。
でも、その気持ちを誰かと分かち合うことはできなかった。
嬉しいことも、不安なことも、全部ひとりで抱えてた。
泣きたい夜も、全部、胸の奥に押し込んでいました。
それでも、子どもは可愛かった。
だから余計につらかった。
こんなに愛してるのに、こんなに大切なのに、その気持ちを誰とも共有できない。
母になったはずなのに、私はずっと、ひとりだった。
強くなったわけじゃない。
ただ、慣れただけだった。
それでも守る側になっている今
それでも今、私は母として生きています。
強くなれたわけじゃない。
ただ、守る側でいることだけは選び続けてきました。
ここに書いたのは、私の人生の一部です。
その続きを、シングルマザーとして生きてきた時間として、別の記事に書いています。
▶︎シングルマザーとして生きる今、迷いと後悔を抱えながら